活動日誌

コロナ禍と教育 主体的・対話的な深い学びはどこへ行く お仕着せの「最適な学び」を乗り越えるには

2022年7月30日

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みんなの教育・ふじさわネット主催 夏の講演会「コロナ禍と教育~その危うさと希望」佐藤隆さんの講演に参加しました。

GIGAスクール構想の「ひとり一台の端末」のねらいが、高速大容量の通信ネットワークの一体的な整備は経産省の教育情報産業と深く結びつき、学校を企業の市場開拓に。教育再生実行会議の提言「世界で活躍する革新的なグローバル人材の育成促進」であることが示されました。

 学習履歴、ドリル、テストの回答傾向をAIで解析、評価、管理し「身の丈にあった」学習課題への取り組みへ。学習履歴の国家・経済界による「利・活用」

この内容を聞き思いだしたのは、以前、学校での一人一台端末について国政予算要望の場で懇談した経産省の担当者の言葉です。「今の学校や教員には子どもたちの教育は任せられない」学力低下やいじめ不登校など、このままでは解決できない。GIGAスクール構想でこそ最適な学びになり、先生たちもこれで助かるんだという説明でした。

 そのねらいの本質はこれだったのかと。「主体的・対話的で深い学び」どころか、子どもたちが分析され、データー化され、レッテルを貼られロボットになる!?

佐藤さんは、お仕着せの「最適な学び」を乗り越えるとして、ガート・ビースタ:「行為は複数性なしではありえない」=学ぶという行為も他者との対話が有機的な関連をもちながら発想する。

また、国際的な新教育運動のジョン・デューイの言葉「子どもが学習の主体となるためには、興味をその軸に捉えなければならない「対話というコミュニケーションへの興味」「探求という発見・制作への興味」「芸術的に表現することへの興味」は「子どもに内在する自然の資源」古い教育からの脱皮はGIGスクールではなく、新教育を参考にという提案でした。

 端末の画面だけが、子どもの向き合うものになるのでしょうか?実際に見たり、体験したり、子どもたちが一緒に学びあうこと。それぞれの個性が尊重される学びこそ必要です。

今は「ICTは、一つのツール」だと議会で教育委員会は答弁しますが、実はいつか学校はICT中心になり、企業や国家によって個人情報、学習履歴や操作履歴が蓄積され一生ついてまわることになるかも?マイナンバーカードもそのひとつではないかと怖くなります。

 教育の目的は、「人格の完成」 私たちは何をすべきかが問われる学習会でした。